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家族経営のカフェで、ワタシはなぜあんなに傷ついたのか

全部ワタシが悪かったの? 毒親育ちと心の回復記録


辞めた職場でのつらい出来事を、今でも思い出すことはありませんか。

ワタシは、以前少しの間働いたカフェでのことを思い出します。

胸がキュッと苦しくなったり、夢に出てきたり。もうワタシの職場ではないのに、「まだ出てくるの?」と思うこともあります。

ずっと、自分が仕事をできなかったせいだと思っていました。でも最近、それだけでは説明できない気持ちが残っていることに、少しずつ目を向けられるようになりました。

今回は、その頃の出来事と、今になって思うことを書いてみようと思います。

辞めた職場を思い出すたびに、自分を責めていた


そのカフェで働いていた頃、ワタシはミスをしました。ラテアートも、なかなか上達しませんでした。

自分にも反省するところはあった。それは否定するつもりはありません。

ただ、仕事でうまくできなかったことを振り返るたびに、

「ワタシが使えない人間だったから、あんな扱いになったのかな」

というところまで考えてしまっていました。

何を間違えたのか、次はどうすればよかったのか。そういう仕事の反省を越えて、自分自身を責めていたのだと思います。

でも今は、「ワタシにも反省点があったこと」と「あの職場で傷ついたこと」を、分けて考えてもいいのかもしれないと思っています。

誰の言うことを基準にすればいいの?

逆向きの矢印が描かれた二枚のメモを前に、戸惑うエゾクロテンちゃん


そのカフェは、ほぼ家族経営のお店でした。ワタシは、そこに外から入った人間です。

働き始めた頃は、「早く仕事を覚えなきゃ」と思っていました。ところが、少しずつ戸惑うことが増えていきました。

たとえば、ラテアート。

アートになっていなくても「出していい」と言う人がいる一方で、「それではダメ」と言う人もいる。

オーナーからは、お店の仕事をそつなくこなすことを求められているように感じる。でも、奥さんはラテアートを覚えさせたい。別の業務でも、人によって教えてくれるやり方が違う。

「結局、ワタシは誰の言うことを基準にすればいいんだろう?」

そんな状態でした。

家族の間では、それぞれのやり方がわかっていて、それで仕事が回っていたのかもしれません。

でも、途中から入ったワタシには、その共通認識がありません。

今思えば、仕事を覚えることだけでなく、「この職場では何が正解なのか」を探すことに、かなりエネルギーを使っていたのだと思います。

最後に言われた「オファー型のシフト」


働いていた最後のほうで、言われたことがあります。

「オファー型のシフトにしてほしい」と。

……オファー型?

お店から声がかかったときだけ出勤する、ということでした。人手が必要な日に、「この日とこの日、どう?」と声をかける形にしたかったようです。

それまで普通に働いていたワタシからすると、突然そんな話をされても、

「ハァ? なにそれ?」

です。

なんだか、ずいぶん都合よく扱われているな……と感じつつ、

「あぁ、要は自分から辞めてくれってことなのかな」

と思わざるを得ませんでした。

お店側にも事情があったのでしょう。ワタシの働きぶりを見て、そういう形がいいと考えたのかもしれません。

でも、こちらとしては初めて聞く話。

「ワタシ、そんな働き方をする人として採用されたんでしたっけ?」

という気持ちになりました。

そのとき、もう一つ引っかかったのが、

「あれ?そういえば、このお店って契約書ないじゃん」

ということでした。

働き方について、最初に何を確認していたんだろう。後から考えるほど、いろいろなことが気になりました。

夫に話すと、夫も驚いていました。

そこで初めて、「ワタシが感じていた違和感は、気のせいだけではなかったのかもしれない」と思いました。

ミスをしたことと、傷ついたことは別だった

ノートを見下ろし、考えを書き出すエゾクロテンちゃん


振り返ってみて、“ワタシが嫌だったのはなんなんだろう”と考えたとき、
一番嫌だったのは、オーナーの人を小馬鹿にするように感じる態度にあるんじゃないかなと思いました。

最後のシフトの話も、ワタシは戸惑っているのに、相手は当然のように話を進める。

こちらを一段下に置いているように感じる、あの態度が嫌だったのだと思います。

今こうして書いていても、「うん、やっぱアレすごい嫌だったな」と思います。

でも、ワタシは長いこと、その嫌だった気持ちまで、自分の仕事のできなさと結びつけていました。

ミスをした。
ラテアートも上手くならなかった。

だから、最後にあんな扱いになったのは、ワタシが「使えない人間」だったからなんじゃないか。

今なら、もう少し違う言い方ができます。

ワタシにも反省点はあった。お店との間で、仕事の進め方やコミュニケーションの取り方が合わなかった。そして、その環境の中でワタシは傷ついた。

これは、全部同時にあっていい。

「ワタシにも反省点があった」と認めたからといって、「だから全部ワタシが悪かった」まで引き受けなくていい。

ようやく、そう思えるようになってきました。

きれいに「いい経験でした」とは言えない


正直なところ、

「あのお店、潰れてしまえばいいのに」

と思うことだってあります。

我ながら、なかなかドス黒い。

でも、そう思った自分を、さらに「性格が悪い」と責め続けなくてもいいのかなと思っています。

心の中で腹が立つことと、実際に何かをすることは別です。

それくらい嫌だった。もう思い出したくないし、できれば夢にも出てきてほしくない。

もしかしたら、「あんな経験、なかったことにしたい」という気持ちもあるのかもしれません。

だから、この経験を無理に「成長のために必要だった」と思おうとはしていません。

傷ついたものは傷ついたし、嫌だったものは嫌だった。

「いい経験でした!」なんて、きれいにまとめるつもりはありません。

「合わなかった」と考えてもいい


当時のワタシは、あの環境に馴染もうとしていました。

「もっと頑張ればいい」
「もっと仕事ができるようになればいい」
「ワタシが相手に合わせればいい」

そうやって、自分のほうを変えようとしていたのだと思います。

でも、今振り返ると、頑張ることだけでは解決しなかった部分もあったのではないでしょうか。

人によって言うことが違う。何を基準にすればいいのかわからない。やり取りの中で、自分が見下されているように感じる。

そんな中で、仕事の反省だけでなく、自分自身を責めるようになっていました。

ワタシにはミスがあった。
お店には、お店なりのやり方があった。
そして、ワタシとそのお店は合わなかった。

今は、そう考えています。

相手の考えを全部理解したり、自分の感じ方が正しかったと証明したりしなくても、

「ワタシは、ここでは安心して働けなかった」

ということは、自分の中で認めていいのだと思います。

あのカフェは、もうワタシの職場ではない

閉じたノートのそばで、目を閉じてカップを持つエゾクロテンちゃん


今でも思い出すと嫌になるし、ドス黒い気持ちも湧いてくる。夢に出てきたら、「もう勘弁してよ」と思う。

でも、あのお店は、もうワタシの職場ではありません。

ワタシはそこから離れた。今は、あの人たちの中にいない。

あの人たちの基準で、今の自分の価値まで測る必要はない。

ラテアートが上手くできなかったことも、ミスをしたことも、当時のワタシの一部分です。それだけで「使えない人間」だったことにはならない。

次にどこかで働くとき、また人との違いに戸惑うことはあるかもしれません。

そのときは、「ワタシがもっと頑張らなきゃ」だけでなく、

「ここは、ワタシに合う場所なんだろうか?」

とも考えられたらいいなと思います。

あのカフェで傷ついたことは、なかったことにはなりません。許せないことも、まだあります。

でも、もう全部を「ワタシが悪かった」で終わらせなくてもいい。

今は、少しずつそう思っています。

最後までお読みいただきありがとうございます。

今日のところはこんな感じで…
おわりっ♪

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