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「これで終わりたくない」と思った夜。突然の体調不良が教えてくれた、これからの生き方。

肌と心を整える



ある日、特別な前触れもなく、頭の中に嫌な感覚を覚えた。
めまいでもないし、締め付けられてる感覚とも違う、うまく言葉にできない違和感。

「大丈夫」と思おうとすればするほど、不安は膨らんだ。

幸い、その夜は大事には至らなかった。
けれど、あの体調不良は、ただの一過性の出来事ではなかったように思う。

それまで当たり前のように続けてきた生活や、無理を重ねてきた自分の在り方に、
初めて立ち止まって向き合うきっかけになったからだ。

これまでの私は、どこかで「自分のことは後回し」が癖になっていた。
気づかないふりをして、見ないふりをして、それでもなんとか回してきた毎日。
けれど体は、そんな生き方にそっとブレーキをかけてきたのかもしれない。

これは、突然の体調不良をきっかけに、
「無理をしない生き方」へと切り替えることを決めた、私自身の記録です。

数値には出ない「心と体からの小さな悲鳴」

ベッドで体温計を見る女性



あの日、洗い物を食洗機へ入れている最中のことでした。
突然、頭の中に「サーーーッ……」という、なんとも言えない嫌な感覚が走ったのです。
音が聞こえるわけではない、けれど明らかに何かがおかしい。

「あ、やばい。倒れるかもしれない」

そう直感した私は、慌ててゴム手袋を脱ぎ捨て、椅子に座り込みました。
それでも治まらないソワソワ感…横になった方が良いのかな?と寝室へ。
ベッドに横になっても続く動悸。
脳なのか、それとも心臓なのか。
アタマの中でどんどん深刻な想像が膨らみ、怖くてたまりませんでした。

夫に測ってもらった血圧も、Apple Watchで確認した心拍数も、数値だけを見れば「異常なし」の範囲内。
客観的なデータは私に「大丈夫だよ」と言っているようでしたが、私の内側は、決して大丈夫ではありませんでした。

今振り返ればあれは数値には表れない「心と体からの小さな悲鳴」だったんじゃないかな〜と思います。

「異常なし」という結果に安心して、また無理を重ねるのではなく、自分の感覚をもっと大切にしようと思いました。
日々の忙しさや毒親さん達からの連絡。
「まだ大丈夫」「私がやらなきゃならないんだもん」という思い込みで、知らず知らずのうちに積み重なっていた心身のSOS。
そんな心の声に蓋をし続けてきた自分に、ようやく気づいた夜でした。



当たり前だった「お酒という習慣」を問い直してみる

和食の湯豆腐が置かれたテーブル


これまで、私にとって毎晩の晩酌は、一日の終わりを告げる欠かせない儀式でした。
最近はもっぱら芋焼酎を愛飲。
心の中でどこか「お酒を飲まないと寝付けないんだよな」と思い込んでいた節があります。
無意識のうちに、お酒に眠りやリラックスを丸投げしていたのかもしれません。

けれど、死の恐怖を間近に感じたあの夜、「お酒」という選択肢が遠のきました。

「ここで飲んで、もし本当に『サヨナラ案件』になってしまったら、私は一生後悔する」

そう思うととてもじゃないですが、飲酒欲求がスッと引いていきました。
毎日の習慣で飲んでいるお酒よりも、今の自分の命。
当たり前のことかもしれませんが、それをこれほど鮮明に突きつけられたのは初めてのことでした。

もちろん、その夜は何年かぶりにお酒を一口も飲みませんでした。
代わりに口にしたのは、温かい湯豆腐。
いつもならお酒の「おつまみ」でしたが、つらい体にじわっと染み渡る優しい食事に感じられました。

「飲まないと寝られない!!」という不安を抱えながらの就寝でしたが、結果的には数時間の睡眠をとることができました。

目が覚めたとき、一番に感じたのは「良かった、生きてる。」

ベッドに横になり寝ようとするもなかなか寝れない。
寝れない原因はお酒というより、ここで寝てしまってもしそのまま起きなかったらどうしようという恐怖。
本当に本当に怖かったです。

ですが・・・

体調が回復した今は、また以前のようにお酒を楽しむ日が戻ってきています。
「お酒がないと寝つきにくい」という感覚がどうしてもまだ残っていて…。

それでも、あの夜の経験は私にとって大切なことを教えてくれたと思っています。

今の私は、ただ漫然と飲むのではなく、一口の重みを少しだけ意識するようになりました。
自分の意思で「今日は飲まない」を選べる自分を知っている。
その事実は、私の中で小さな、けれど確かな自信になっています。

飲んじゃってる日々ですが、馬鹿みたいに無駄に飲むことは控えるようになりました。



「人生は思い出づくり」を実現するための、たった一つの条件

新芽が光を帯び輝いている



今回の恐怖と戦った夜を経て、私の胸にこれまで以上に深く、強く刻まれた言葉があります。
それは、私の人生の大きなテーマである「人生は思い出づくり」という考え方です。

一人ベッドで動悸を感じながら「これで終わりだったら嫌すぎる」と心から思いました。
そのとき頭に浮かんだのは、まだ見ぬ景色を見たい!大切な人と過ごしたい!
もっとたくさんの「思い出」を作りたい!!という強い思い。

行きたい場所へ行く、好きなものを食べる、大切な人と笑い合う、新しいことに挑戦する……。
こうした輝くような思い出を積み上げていくために、絶対に必要な「たった一つの条件」
それは“健康な体であること

これまでの私は、「思い出づくり」と言いながら、その土台である自分自身の体についてちゃんと考えてこなかったのかもしれません。
「まだいける」「これくらいなら大丈夫」と、見えない限界を無視して、一番大切にすべき資本を削りながら日々を過ごしてしまっていました。
そんな私の生き方に、今回の不調は「もう無理だよ」とブレーキをかけてくれたのだと感じています。

これからは、やりたいことはなんなのか?優先度は高いのか?
そして何よりも自分の体の声にしっかりと耳を傾けたいなと思います

「穏やかでいられる自分」を最優先に。

当たり前のようでいて、一番難しかったこの「練習」を、今日から少しずつ始めていこうと思います。
健康な体というキャンバスがあってこそ、最高の思い出という絵を描き続けられるのですから。


おわりに:これからの私を大切に、思い出を重ねていく

朝日に手を伸ばす女性



あの不気味な体調不良の夜が明け、無事に目が覚めたとき、窓から差し込む光がいつもよりずっとずっと有り難く感じられました。

一体、あの不調が何だったのか、正確な理由は今も分かりません。
あまりの怖さに、心の中で亡くなった祖父母たちに「守って!」と必死に語りかけていたほど。
本当に守ってくれたのかな?と今では不思議と温かい思い出です。

病院に行くほどではないかもしれない。
でも、自分にとっては「人生の転換点」になるほどの大きな出来事。
そんな「数値化できないけれど大切な変化」が、私たちの日常には隠れているのだと思います。

健康第一

使い古された言葉ですが、その本当の意味を私はあの日、初めて知ったんだと思います。
これからも無理をしてしまう日や、お酒に頼りたくなる夜はあるかもしれません。
でも、そのたびにあの夜の「サーーーッ」という感覚と、「もっと生きたい」と願った自分を思い出そうと思います。

もし今、あなたがかつての私のように、何かのサインを無視して走り続けているのなら。
どうか一度立ち止まり、自分の体に「どうしたの?」と聞いてみてください。

人生は、思い出づくり。
その最高の思い出をこれからも積み上げていくために、私はまず、私自身を大切にすることから始めていこうと思います。


今日のところはこんな感じっ♪

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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