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「見て見ぬふり」の親も同罪だった。期待を手放し、心は省エネモードに!ワタシはワタシのために生きる!

毒親育ちと心の回復記録



親からの「口先だけの『すみません』」にモヤモヤしたことはありませんか?
直球の正論を伝えたら、LINEもメールもフル無視(スルー)されてイライラしていませんか?

毒親の謝罪が信用できない、謝っても同じことを繰り返す、正論を伝えると無視される――そんな経験に苦しんでいる方もいるかもしれません。

「人は変わらない」と頭では分かっていても、実の親だからこそ、
「普通はこれだけ言えば、少しは理解してくれるんじゃないか」と期待してしまうものですよね。

ワタシも長い間、その期待と裏切りのループの中で血を流し、心をすり減らしてきました。
でも、ある「事件」をきっかけに、毒親の脳内システムを客観的に理解することができました。

今回は、実の親に「正論レーザービーム」を放った結果分かった、毒親がスルーする本当の理由と、
ワタシの心を救ってくれた「頑丈な境界線の引き方」を書いていきたいと思います。

今、暗闇の中でモヤモヤしているあなたの心が、少しでも軽くなりますように。

「見て見ぬふり」の親も同罪。どっちも毒親だと気づいた「覚醒」



メガネ越しに見る世界を表現した画像。




毒親育ちの多くは、最初に「目に見えて攻撃してくる親」に対して強い苦手意識や嫌悪感を抱きます。我が家の場合も、自己中で自分勝手、プロのアドバイスも無視して暴走する母親が、圧倒的な「悪者」でした。

しかし、ある日ふと、別の視点が頭に浮かんだのです。

「……待てよ?間近で見て見ぬふりをし、母の悪事を知りつつ何もしなかった、結局は同罪(毒親)なんじゃないか?」

心理学や機能不全家族のカウンセリングでは、こうした親を「イネイブラー(助長者)」と呼ぶことがあります。

  • 波風を立てないために、子どもに我慢を強いる
  • 自分が傷つきたくないから、家庭内の問題から逃避する

「どっちも毒じゃん!」と気づいたワタシ。
心の中にストーーーーーンと腑に落ちるものがありました。
どちらがより嫌いかというグラデーションはあっても、「2人とも、自分を守ってくれなかった大人である」という事実。

この事実に気づいたからこそ、ワタシは良い意味で、両親への期待をバッサリと手放すことができました。「あぁ、あの人たちにワタシの気持ちを分かってもらおうとするだけ、エネルギーの無駄遣いや!」
そう割り切れたことで、自分を守るための安全な距離ができたのです。
傷つける母と守ってくれない父、その両方からそっと心の足を一歩引き、「自分の人生を生きる」と決意する大きな第一歩になったと思います。

毒親の謝罪が信用できない理由と、なぜ正論を言うとスルーするのか?




「口先だけで、1ミリも心のこもっていない謝罪」にモヤモヤし、
隙のない正論を返したら見事にフル無視(既読スルー)される――。
先日、そんな絵に描いたような毒親のテンプレ行動に直面しました。
なぜ母はそんな行動をとるのか、我が家で起きた事件をもとに、その仕組みをワタシなりに分析してみました。

実家への家庭訪問と、無視された「正論レーザービーム」



現在、毒母さんは入院中。
間も無く退院と言うことで、
先日、入院している病院のソーシャルワーカーさんやリハビリ(OT)の担当者さんが、
退院後の生活動作の確認のために実家に来てくれました。

病院のプロの方々は、本当に母のためを思ってアドバイスをしてくれているのに、当の母は相変わらずのわがまま・自己中が炸裂。

「わたしはこうやってきてるんで」
「ずっとやってるから大丈夫」

と、絶対に自分を曲げず、アドバイスを聞き入れようとしません。
横で聞いている父とワタシは、ただただ恥ずかしい気持ちでいっぱい。

プロのソーシャルワーカーさんから見ても、
“あぁ、こういうタイプね”と一瞬で見抜かれたのだと思います。
「なかなか新しいことは受け入れられない感じだねぇ…」という言葉に、
ワタシは心の中で「本当にその通りなんです…」と激しく同意してしまいました。

その後、母を病院へ送り届けたあと、母からこんなメールが届いたのです。

「私の事で腹の立つ事ばかりですみません。4日の日又お世話かけるけどよろしくお願いします。」
(4日は退院予定日だよ)

普通なら「反省してくれているのかな」と思う文章かもしれません。
でも、受け取ったワタシの心はモヤモヤ。
なぜなら、いつもの「口先だけで、1ミリも心のこもっていない謝罪」だと見抜いてしまったから。

とりあえず「すみません」とは言っているけれど、何に対してなのか、どこが悪いと思っているのか、本人は絶対に分かっていない。

そこでワタシは、少し強めの「正論レーザービーム」を返信してみました。

  • 何に対して謝っているのか?
  • 自分なりにどこか悪いと思うところがあったのか?(それがないと今後も変わらないでしょ?)
  • 病院の方などにアドバイスされたことなどは、プロの言うことなんだから聞き入れましょう

などなど、隙なき正論をメールやLINEで送ってみました!!

結果は……見事なまでのフル無視(既読スルー)!笑

久々にイライラ、そしてグルグルとモヤモヤする暗闇に突入してしまいました。

なぜ母の謝罪には心がこもっておらず、こちらが正論をぶつけるとスルー(無視)するのか。
実はこれ、うちの母のようなタイプの「毒親」たちに共通する脳内システムの一つなんじゃないかなと思っています。

同じように「親の既読スルー」に苦しんでいる方へ向けて、その仕組みをワタシなりに分析してみました。

分析:なぜ毒親はスルーするのか?その2つの脳内システム


その理由は、大きく分けて次の2つのシステムが働いているからだと考えています。

「悲劇のヒロイン」という免罪符


彼女たちの謝罪の目的は、「反省」ではなく「保身」です。
プロのアドバイスを突っぱねて自分のわがままを通した(満足)。
でもなんだか、周囲が呆れてるっぽい空気を察知……そんなとき、「私が悪うございました」という定型句を先に言っておけば、相手はそれ以上責められなくなる。
つまり、「次のわがままを堂々と言うための免罪符」として言葉を使っているだけなので、
何に対して悪いのかは、本人は1ミリも理解していません。

正論レーザービームがもたらすフリーズ


そんな形だけの謝罪に対して、ワタシが「どこが悪かったと思っているの?具体的に自分のなかにありますか?」と隙のない正論を返信したところ、見事に「フル無視(スルー)」されました。

なぜ無視するのか?
ワタシには正論を突きつけられ、向き合うことから逃げているように見えました。
彼女たちにとって、自分の非を認めるということは「悲劇のヒロインの座を降りる(=自己否定)」と同義。
それは死ぬより恐ろしいことです。
そのため、娘の苦労に想像力を働かせるのではなく、
「メールに気づかないフリ」をするか、
「娘から冷たいメールをされて傷ついた可哀想なワタシ」にすり替えることで、
必死にプライドを守っているのです。

結論:返信がないこと自体が、一つの「答え」としよう!


メッセージがスルーされるとモヤモヤしますが、こう解釈してみましょう。

「返信がないこと自体が、理解のキャパシティ(限界)を超えたという答えなんだ」と。

こちらが伝えた正論に対して、相手はこれ以上返す言葉を持っていなかった。
だから、これ以上「どうして分かってくれないの?」とエネルギーを使うのはもったいない!
追うのをやめて、そこからは「自分のための時間」に切り替えましょう。


実親への期待を手放し、心を省エネモードにする3つのステップ


ノートをぐしゃっと丸めて破こうとしている画像。



「人は変わらない」と分かっていても、実の親だからこそ、つい期待して傷ついてしまう。
そんな渦中から抜け出すために、ワタシが実践している3つのステップをご紹介します。

ステップ①:連絡は「生存確認・業務連絡」として処理する



親から来る「すみません」や「ごめんね」の文字は、感情の入った言葉だと思わないようにします。
「ただいま自動送信テスト中」くらいの無機質な記号として処理し、脳内で即ゴミ箱へポイしましょう。
返信も、感情を一切載せない事務的な1行だけで十分です。

ステップ②:感情を挟まない「記録係」の視点を持つ



理不尽な言動に直面したときは、「娘」として正面からダメージを食らうのをやめます。
心の中に「ただの事実をメモする記録係」を一人、立たせてみるのです_φ(・_・

「あ、いま『わたしはこうやってきてるんで』って言ったな」
「はい、ここでメールを無視した事実が確定しました」
「お!ネタ1ついただきました〜」
という風に、ただ起きた出来事を淡々とスマホのメモ帳に打ち込むような感覚です。

感情を挟まずに「事実だけ」を見ることで、自分の心を守る頑丈な壁になってくれます。

ステップ③:心の中のモヤモヤを、1回すべて吐き出す



イライラが頭の中でぐるぐる回っているときは、まずそれを体の外に出してあげることが先決です。

ノートでもスマホのメモでも構いません。
誰の目も気にせず、心の中にある恨み辛み、トゲトゲした本音をそのまま文字にして吐き出してください。 出し切ったら、その紙をビリビリに破り捨てたり、ゴミ箱にポイッと放り投げたりします。

頭の中だけで抱え込まず、一度「膿」を出し切ることで、トゲトゲしていた心が不思議とホッと落ち着いていきますよ。

まとめ:自分の人生を、自分のために生きる



温かい飲み物でホットひと息のイメージ画像。




心が元気を取り戻すのには、どうしても時間がかかります。
今もまだ、暗闇の中にいるような感覚になることもあります。

でも、そんなときにワタシを踏みとどまらせてくれる、スヌーピーの素敵な言葉があります。

「僕のことを好きじゃない誰かのことでくよくよする時間はないんだ。僕は僕を大好きでいてくれる人を大好きでいるのに忙しすぎるから」



「ワタシのことを大好きでいてくれる人って誰だろう……」
「そんな人いるっけ……」「誰かに必要とされたい……」
なんてことが浮かんで少し寂しくなる夜もあったりしますが。

それでも、自分を大切にしてくれない人のために、自分の貴重な時間やエネルギーを使うのは、やっぱりもったいない。

誰かに必要とされることを探す前に、まずはワタシが、ワタシの一番の味方になってあげる。

完璧じゃなくても、少しずつ。

「ワタシはワタシの人生を、ワタシのために生きる」

今日も美味しいお茶でも淹れて、自分をたっぷり甘やかしながら、一歩ずつ進んでまいりましょ〜。


それでは、今日のところはこんな感じ

おわりっ


最後までお読みいただきありがとうございました♪

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