函館に住む夫の祖母は現在95歳だが、とてもとてもしっかりしている。
ところどころ体の痛みはあるものの、頭はほんのチョットのボケすらない。
どうしたらあんな95歳になれるのか…尊敬の念しかない。
そんな祖母を想い、自分の親のことも考えてみた…
95歳の義祖母の「感謝する心」から、私も少しずつ価値観が変わってきました。
毒親育ちで疲れていた私でも、距離の取り方・考え方を変えることで心が楽になっています。
この記事は義祖母の気遣いや感謝の気持ちと、私が実践している親との距離の取り方を綴ったものです。
義祖母からの贈り物
そんな大好きな義祖母がこの時期贈ってくれるものがこちら〜
たらこ&筋子〜♪
これが堪らなく美味しいのです。
ここのを食べると、そこらのスーパーで買えなくなってしまった。
お味が本当にちょうど良い!!
濃い味が苦手の私ら夫婦にとって、しょっぱ過ぎることなく本当に美味しい。
ジャジャーン (古っ



奇跡の95歳と我が毒親の違い
夫の家族は私の家族と違ってとても常識のある方達だ。
「まとも」「一般的」
いろいろな表現を考えたが、「まとも」だと“ウチに比べればね…”の様な少しネガティヴな要素が入る気がした。
「一般的」と言うのも、何と比べて?一般って何?
ふと頭には「それってあなたの感想ですよね」が浮かんでしまい、却下とした。
夫と結婚し、夫の両親・おばぁちゃま・親戚の方々と接していくうちに、〝あれれ?うちの親(全員じゃないが一部親戚も)かなりおかしいな〟と。
特に夫には良い意味でいろいろと考え方や物事の捉え方を変えてもらったと思う。
影響を受けた、とも言うだろう。
夫の両親も私の両親も共に現在は70代だが、これまた同じ70代でも大きな大きな差がある。
大前提、私の両親は2人とも病気をしている関係で体に不自由がある。
でも私が感じている違いはそんなことではないのだ。
夫の祖母、両親にあってウチの親たちに無いもの。
感謝する心
これに尽きる。
言い切れます。
断言できます。
「なんだよ気持ちの問題かよ。」
「マインドかよ。」
えぇ、そうです。
それしかありません。
ウチの親(母)も口では言います。
「いつもありがとう」「迷惑ばっかりかけてごめんね」
軽っる〜い、薄っす〜い言葉。
毒親育ちでも変われるよ
現在、ワタシは極力自分の親とは距離を置いている。
自分が自分らしく楽しく幸せに生活するためだ。
夫の両親やおばぁちゃまと話しているとすごく楽しい。
自分の親と話していてもこんなに穏やかに話せることなんて皆無だ。
そんな家族のもとで育った夫、もちろん本人の様々な努力や経験もあってのことだが、性格・考え方・ウチの親への接し方、などなど見習うべき点がいっぱいある。
勉強させてもろうてます〜
特にウチの親への接し方に関してはとても客観的に見てくれているので助かっている。
今では良い意味(?色んな意味?)で諦めてるし、深く考えない(様にしてる)し、言い返してもしゃーないなってときは流してるし、あの人たちが変わることなんて無いんだからって割り切れてるので、前よりはずっとずっと気持ちが楽になった。
自分の性格上、完全に縁を切る!!ってことは難しいので、出来る範囲で・自分が辛くならない程度に・考え過ぎずに、これからも適度な距離を保って生活していくゾ。
私が実践しているちょっとしたこと
- 相手と話す時間を短めにし、疲れたら中断する
- 相手の言葉をすべて真に受けない(距離を置く)
- 感謝できる出来事や良いと思ったフレーズをメモする(ポジティブを自分で増やす)
こうした小さな習慣が、気持ちの安定につながっています。
最後に、、、
おばぁちゃまーーー!!!
今年も美味しいタラコと筋子、本当にどうもありがとぉぉぉーーー!!!
なるべく早いとこ函館に逢いに行こう♪



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